佳奈美の初めて始めてゴルフ〈入門〉「知らんがな、そんな事」第9話

第9話 チップイン!

そうしてやっとの事で午前中のラウンドが終わった。

「お腹空きましたね、部長」

「確かに、もう一時半だからな。スタートが十時三十七分だったから、約三時間か」

「結構かかっちゃいましたが、大丈夫ですか?」

「前もって、言ってあるからね。今日くらいは大目に見てくれるだろう」

(三時間は長いのか?普通はどれくらいで回るんだろう)

「部長はここのメンバーなんだよ。だから少しくらい融通が利くんだ」

木下さんがそう耳打ちした。

(メンバーって何だ?)

「あ、島村さん、ここここ!」

そのまま、中に入ろうとした私を木下さんが呼び止めた。

「ここで、靴の裏に付いた土や草を払ってから中に入るんだ」

そう言って、木下さんが細い鉄の棒を持って靴に付着した汚れを落として見せた。

「でないとクラブハウスの中が汚れるからね」

「あ、そうなんですね。分かりました!」

木下さんがやっていたのと同じようにして靴底の汚れを落として、私は化粧室に向かった。するそこの鏡の横に張り紙がしてあるのが見えた。

〈ハーフ二時間一五分以内を心掛けましょう〉

そう言えば、朝も見ていたが何の事か分かっていなかった。

(半分を二時間一五分以内で回れって事?え?すっごい、オーバーしてるじゃん!)

私のせいだ、と思った。大丈夫なのか、こんなんで。

「ハ~~~ッ!」

無意識に深い溜息が出て、後ろから出てきた年配の女性にクスッと笑われた。

(恥ずかし~~!)

食堂?に行くと二人はもうテーブルに着いていた。

「島村さん、こっちこっち!」

「お腹減っただろ?」

「はい!」

メチャメチャ減ってる、今日は朝ごはんも殆ど食べていない。

「何食べる?ゴルフ場のランチってね、結構美味しいんだよ、これもゴルフ場の売りの一つだからね」

「そうなんですか?」

差し出された、メニューを見ると案外豪華だ。

「美味しそう!」

「島村さん、肉は好き?」

部長に問われて、私は頷く。

「じゃ、折角の島村さんの初ラウンドデビューをお祝いしてステーキにでもしようか?」

「ステーキ!」

食べたい!と思ったが、値段を見ると四千五百円もしていた。高い!ランチに四千五百円は勿体ない。それにゴルフ代も掛かってる。やっぱり千円の和定食が相応だ。

「あ…でも…ちょっと、お値段が…」

「アハハ、心配しなくても今日のランチは私が奢るよ!」

「部長、本当ですか?」

「いや、別に木下君の分まで奢るとは言ってないがね」

「あ、そうですよね…」

「冗談だよ、今日のランチは全部私の奢りだよ」

「やった、ご馳走様です!」

「あ、あの良いんですか…?」

こんなに足を引っ張ってるのにと、少し申し訳ない気分になる。

「初ラウンドは中々厳しいだろ?美味しい物食べて、ちょっとは楽しい思いもしないとゴルフが嫌になるかもしれないからね」

「ありがとうございます!」

お昼からステーキだなんて、なんて贅沢なんだろう、ゴルフ様様だ!なんてちょっと気分が上がる。

 そうして午後のラウンドが始まった。ステーキを食べて気分は上々。まあだからと言って、腕がいきなり上がるわけでもないのだが。

 午前中と変わらぬ状況で進んで行く中、奇跡が起こった。グリーンの外側から打ったボールが真っすぐカップへ向かって転がっていく。

(え……?)

コロン!

(え…えええ~~!)

「凄い!入ったよ。島村さん、チップインだ!」

(入った!入った~~~!)

思わずガッツポーズになる私。

(ん?チップインって何だ?)

「凄いじゃないか!」

(凄い?凄い!私って、凄い⁈)

このたった一回の外からのカップインで私の気分はすっかり上がった。とはいえその後も前も他は何も変わらなかったのだけれど。結局、私の初ラウンドの成績は百七十二という数字。

 木下さんは百九、部長は八十八だった。二人の数字を見るに私のスコアはきっと物凄く悪いんだという事は想像に難くない。

 でもラウンドの後に入ったお風呂はとても気持ち良かった。スポーツの後のお風呂ってこんな気分が良いものなのだと初めて知った。

 それにしても何だか知らない言葉が沢山出てきた。偶に聞き返したりしたけど、プレイする事に必死で殆ど頭に入って来なかった。それにあまりにも知らなさ過ぎて、聞くのが恥ずかしいというのと、その都度聞いてると増々進行が遅れるように思ったので聞き辛いというのもあった。

「どう、初ラウンドの感想は?」

「あ、楽しかったです!」

「へ?」

「え?」

(何か、おかしな返事をしたのか私は?)

「あ、そ、そうなんだ。良かった!」

「変、ですか?」

「いやぁ、初めてで楽しかったっていう人は少ないからさ。俺なんて、もう二度とやりたくない!って思ったほどだよ」

「そうなんですか?木下さんの初めてのスコアって幾つだったんですか?」

「俺は百四十三」

「な~んだ、今日の私より全然良いじゃないですか!」

「いや~周りが上手過ぎてね、自分の下手さばかりが目についてホトホト嫌気がさしたよ」

「でも今も続けていらっしゃるんですよね」

「負けず嫌いなんでね。あのまま辞めたら、下手くそな奴で終わっちゃうじゃないか」

「今は、楽しいんですか?」

「まあね、なんか、やる度に面白くなるんだなあ、これが」

「へえ~私もそうなるかな」

「今日のラウンドで楽しかったのなら、すぐそうなるよ」

「今日は、ステーキが食べられたせいかも(笑)」

「確かに!ステーキは旨かった!女の子が来るとこういうおこぼれに預かれるから良いんだよなあ」

「はあ?」

「冗談だよ」

「でも、俺初めてまだ浅いけど楽しいからさ、つい他の人にも勧めたくなる。それに今日みたいな発見もあるし」

「発見?」

「部長じゃないけど、島村さんがこんなに喋ると思わなかった。人って会社で見てるだけだと分からないんだなあって思って。それに笑ってたし」

「そ、それは…私だってたまには…」

私も、部長があんな風に笑うのを初めて見たと思った。ゴルフをやらなければ、こんな風に一緒に出掛けるなんて事もきっとなかっただろうと思う。

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